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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)3861号 判決 1972年11月07日

原告 金田文雄

右訴訟代理人弁護士 高野長英

被告 高柳三郎

<ほか九名>

右被告ら全員訴訟代理人弁護士 森長英三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告高柳三郎は原告に対し、別紙第三目録記載の建物を収去して別紙第一目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四三年五月三日から右明渡済に至るまで一か月三、二二〇円の割合による金員を支払え。

被告株式会社東京トーチ製作所は原告に対し、別紙第四目録記載の建物を収去して別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四四年四月二五日から、右明渡済に至るまで一か月二、七三四円の割合による金員を支払え。

被告大庭貞次は原告に対し、別紙第三目録記載の建物から退去して、別紙第一目録記載土地を明渡せ。

被告高柳正吾、萩原貞一、為ヶ井あき、大石隆一、水口孝久、大森笑子、大庭隆、古今亭志ん好こと川島信雄は原告に対し、別紙第四目録記載の建物中別紙第五目録および別紙「株式会社東京トーチ製作所所有建物占有区分図」記載の各占有部分から退去して別紙第二目録記載土地を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

主文同旨の判決

第二原告の主張

一  請求原因

(一)  原告は別紙第一、二目録記載の土地(以下第一、第二土地という。)を所有し、被告高柳三郎は別紙第三目録記載の建物(以下第三建物という。)を所有してその敷地である第一土地を占有し、被告株式会社東京トーチ製作所(以下被告会社という。)は第四目録記載の建物(以下第四建物という。)を所有してその敷地である第二土地を占有している。

(二)  被告大庭貞次は第三建物を占有してもって第一土地を占有し、被告高柳正吾、萩原貞一、為ヶ井あき、大石隆一、水口孝久、大森笑子、大庭隆、古今亭志ん好こと川島信雄は第四建物を別紙第五目録および別紙「株式会社東京トーチ製作所所有建物占有区分図」記載のとおり占有してもって第二土地を占有している。

(三)  被告高柳三郎および被告会社はおそくとも昭和四三年以降故意又は過失によりそれぞれ第一、第二土地を違法に占有しているものであるから、右土地占有により、原告に対しその賃料相当額すなわち第一土地につき月三、二二〇円第二土地につき月二、七三四円の損害を与えている。

(四)  よって原告は被告高柳三郎に対し第三建物収去第一土地明渡および昭和四三年五月三日から明渡ずみまで一か月三、二二〇円の割合による損害金の支払い、被告会社に対し第四建物収去第二土地明渡および昭和四四年四月二五日から明渡ずみまで一か月二、七三四円の割合による損害金の支払い、被告大庭貞次に対し第三建物明渡第一土地明渡、その余の被告らに対し第四建物中前示占有部分明渡第二土地明渡を求める。

二  抗弁に対する答弁

抗弁(一)(二)中被告高柳三郎および被告会社がその主張のころその主張の前所有者からそれぞれ第三、第四建物を買い受けその所有権を取得したこと、第三建物につき滅失登記がなされたこと、東京市浅草区北清島町四三番地(旧七五番地)が第三第四建物の所在地であること、被告ら主張のように昭和土地から森岡を経て原告に第一、第二土地所有権が移転したことは認め、その余の事実は争う。

仮に被告高柳三郎が第三建物敷地である第一土地につき賃借権を有し第三建物につき所有権移転登記を経たとしても、建物登記が滅失登記により閉鎖された以上対抗力を失うから、その後第一土地所有権を取得した原告に対し賃借権を主張できない。

三  再抗弁

かりに被告高柳三郎、被告会社が第一、第二土地をその主張のような約定で賃借しこれが原告に対し対抗しうるとすれば次のように主張する。

(一)1  原告は昭和四四年九月三〇日の本件口頭弁論期日に右被告らあて賃料の履行遅滞を理由に賃貸借契約解除の意思表示をした。その理由は次の通りである。

2  原告は森岡から第一、第二土地所有権を取得した際、森岡の被告高柳三郎に対する昭和三八年一二月一日から昭和四〇年四月二一日までの第一土地についての一か月一、四一九円(坪当り四四円)の割合による賃料債権ならびに被告会社に対する同期間中の第二土地についての一か月一、二七三円(坪当り四六円)の割合による賃料債権(いずれも昭和土地と右被告らとの間の約定賃料額による。)をも譲り受け、右債権譲渡は当時譲渡人から右被告らに通知された。

3  しかるに右被告らは右譲受賃料はもとよりその後昭和四四年九月三〇日までの毎月の右割合による賃料をその弁済期である当月末日までに支払わない。

4  右各賃貸借契約によれば、賃借人が一か月分でも賃料を払わなければ、賃貸人は催告を要せずこれを解除できる旨の特約がある。よって原告は無催告で前記解除の意思表示をした。

5  かりに右催告不要の特約が例文であってその効力を生じないとしても、右のように長期間にわたり賃料を支払わないことは賃貸借契約の存続を著しく困難ならしめる背信行為であるから、原告は催告を要せず解除できる。

6  かりに催告を要するとすれば、原告は森岡から第一、第二土地所有権を取得した直後である昭和四〇年五月二〇日被告会社代理人兼本人である被告高柳三郎あて、原告が右土地所有者になった旨を通知した。右通知はすでに履行期の到来した昭和三八年一二月一日から昭和四〇年四月三〇日までの前記譲受賃料債務および原告の所有権取得後発生の一か月当り前記の金額による賃料債務の弁済を催告する趣旨も含むものである。

7  かりに右通知が催告にあたらないとしても、原告は昭和四二年八月三一日被告高柳三郎代理人兼被告会社代表者高柳正吾に対し口頭ですでに履行期の到来した昭和三八年一二月一日から昭和四二年八月三一日までの前記賃料債務の弁済を催告した。

8  ところが右被告らはその履行の提供もしないので原告は相当期間経過後前記解除の意思表示をした。

(二)1  原告は昭和四六年三月一日本件口頭弁論期日において右被告らあて賃料の履行遅滞を理由に賃貸借契約解除の意思表示をした。その理由は次のとおりである。

2  原告は昭和四二年八月三一日被告高柳三郎代理人兼被告会社代表者高柳正吾に対し、右各賃貸借の坪当り一か月分賃料を同年九月分につき一三〇円、同年一〇月一日以降につき一五〇円に増額する旨の意思表示をした。右は近隣の地代の高騰等の事情にかんがみ従前の賃料が不相当となったため借地法一二条にもとづきとられた措置である。よって本件各賃料は右期日以後右金額に増額された。

3  原告は昭和四四年九月三〇日の本件口頭弁論期日において同日附準備書面にもとづき右被告らに対し昭和三八年一二月一日から昭和四四年九月三〇日までの右増額分を含む賃料の弁済の催告をした。

すなわち被告高柳三郎につき

昭和三八年一二月一日から昭和四二年八月三一日まで坪当り四四円月額一、四一九円合計六三、八五五円

昭和四二年九月一日から同月三〇日まで坪当り一三〇円月額四、二九〇円

昭和四二年一〇月一日から昭和四四年九月三〇日まで坪当り一五〇円月額四、九五〇円合計一一八、八〇〇円

総計 一八六、九四五円

被告会社につき

昭和三八年一二月一日から昭和四二年八月三一日まで坪当り四六円月額一、二七三円合計五七、二八五円

昭和四二年九月一日から同月三〇日まで坪当り一三〇円月額三、四四八円

昭和四二年一〇月一日から昭和四四年九月三〇日まで坪当り一五〇円月額三、九七九円合計九五、四九六円

総計一五六、二二九円

の催告をしたのである。

4  被告高柳は原告あて

昭和四四年一一月一日に昭和三九年一月一日から昭和四三年一二月三一日までの賃料として八五、一三五円を

昭和四五年一月九日に昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの賃料として一七、〇二七円を

被告会社は原告あて

昭和四四年一一月一日に昭和三九年一月一日から昭和四三年一二月三一日までの賃料として七六、三八〇円を

昭和四五年一月九日に昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの賃料として一五、二七六円を

各供託した。

5  右供託は従前の賃料である坪当り四四円又は四六円の割合でなされたものにすぎず、しかも右被告らは昭和四二年九月分は坪当り七〇円、同年一〇月一日以降分は坪当り一〇〇円が相当であり、それまでの金額ならば払うと称していたから、右供託賃料額は自ら相当と認める額とはいえない。

よって右被告らは賃料履行遅滞の責を免れない。

(三)  かりに右各解除の主張が理由ないとすれば、次のように主張する。第三建物は大正一三年二月頃、第四建物は昭和三年四月頃建築された木造であってそれぞれ四七年、四三年を経過し、土台柱、外壁は破損し、かつ第四建物は四階建アパートであって多人数の居住は危険である程老朽している。従っていずれも昭和四六年二月までに朽廃しているというべく、本件各賃貸借は右朽廃により終了したものである。

第三被告らの主張

一  請求原因に対する答弁

請求原因(一)、(二)は認める。(三)は否認する。

二  抗弁

(一)  被告高柳三郎は昭和六年一〇月二二日猿田茂亮からその所有の第三建物を買い受け即日その旨の所有権移転登記を経た。

当時その登記簿上の表示は

東京市浅草区北清島町四三番地(旧七五番地)所在

本造亜鉛葺二階建一棟

建坪 一二坪七合五勺

二階 八坪七合五勺

であった。

被告高柳三郎は右買受と同時に第一土地の当時の所有者であった昭和土地株式会社(以下昭和土地という。)から右土地を普通建物所有の目的で賃料一か月一四円八一銭毎月二八日その月分持参払の約定で賃借した。従って賃借期間は借地法二条一項により三〇年となる。

右賃貸借は昭和三六年一〇月二日借地法六条により更新され、さらに二〇年間存続することになった。

(二)  芹沢某は昭和六年一一月三〇日頃猿田茂亮から第四建物を買い受け、即日その敷地である第二土地の所有者たる昭和土地から第二土地を普通建物所有の目的をもって賃借した。これにより右賃貸借の期間は借地法二条一項にもとづき三〇年となった。当時の第四建物の所在地は東京市浅草区北清島町四三番地(旧七五番地)であった。

芹沢某は大島某に、大島某は小泉某に、小泉某は助川長平に、助川長平は昭和二〇年四月六日被告会社に、順次第四建物と第二土地賃借権とを賃貸人昭和土地の承諾を得て譲渡し、同年同月九日第四建物につきその旨の所有権移転登記を経た。

右賃貸借は昭和三六年一一月三〇日借地法六条により更新されさらに二〇年存続することとなった。

(三)  昭和土地は昭和三八年一一月二九日森岡妙子に、森岡は昭和四〇年四月二二日原告に、それぞれ第一、第二土地所有権を譲渡した。

(四)  被告高柳三郎は第三建物につき所有権移転登記を有する以上、その敷地である第一土地の賃借権をもって新所有者である原告に対抗できる。

ところで登記官は第三建物が現存するにもかかわらず錯誤によりこれを滅失したものと信じて昭和三五年法務省令一〇号附則五条により建物の滅失登記をしたけれども、一旦原告の取得した対抗力がかような登記によって消滅するいわれはない。

被告会社も第四建物につき所有権移転登記を有する以上、その敷地である第二土地賃借権をもって新所有者である原告に対抗できる。

(五)  第三、第四建物を占有する各被告らはいずれもその所有者から使用を許諾されている。

三  再抗弁に対する答弁

(一)  再抗弁(一)2中昭和土地と被告高柳三郎、被告会社との間の約定賃料額は認めその余は争う。

同(一)3中弁済期の定めと賃料不払とは争う。右弁済期は当初当月末払の約定であったが、それにもかかわらず右賃料は右被告らの賃借以来三〇年余にわたりすべて毎年末にその年分をまとめて被告会社代表者高柳正吾方において支払われていたから、右約定は黙示の合意によりそのように変更されたものである。

原告は第一、第二土地買受直後から右被告らの賃借権を否認しており被告高柳三郎代理人兼被告会社代表者高柳正吾が昭和四二年七月ころ原告あて昭和三八年一二月一日から昭和四二年七月までの前記約定賃料額(被告高柳三郎につき一か月坪当り四四円、被告会社につき同じく四六円)全部を現実に提供したのにその受領を拒んだので、右被告らがその後の賃料の提供をしなかったからとて遅滞に陥るいわれはない。

同(一)4中被告高柳三郎と昭和土地との賃貸借契約上原告主張のような催告不要の特約あること原告が無催告解除をしたことは認めその余は争う。右は例文であって効力を生じない。

同(一)5は争う。原告は第一第二土地買受直後から右被告らに対し賃貸借契約を争い、本件土地を五〇〇万円で売却するとか、権利金二〇〇万円を徴して賃貸するとか、第一、第二土地のいずれかを明渡せば、他の土地の所有権を譲渡するとか等を提案し、右被告らはこれに直ちには応じかねて交渉していたものであるから、賃料を支払わないからとてこれが背信行為であるとはいえない。

同(一)6の通知に催告の趣旨が含まれていることは争う。

同(一)7は争う。原告が権利金二〇〇万円を徴して新規に賃貸することを前提とする交渉中に過去の賃料支払いに言及したとしても右は催告とはいえない。

同(一)8は争う。右被告らは前記のとおり賃料を現実に提供している。

同(二)2は争う。原告は権利金二〇〇万円を徴することを前提として賃貸借契約締結の申入れをなし、その際の賃貸条件として、その主張のような賃料額を提案したのであるから、右は借地法一二条による意思表示ではない。

同(二)3は争う。右準備書面は契約解除の意思表示にすぎず、催告を含まない。

同(二)4は認める。

同(二)5は争う。

同(三)中朽廃したことは争う。

第四証拠≪省略≫

理由

一  請求原因(一)(二)は争いがない。

二  被告高柳三郎と被告会社とが本件土地を賃借したか否か、これを原告に対抗できるか否かにつき判断する。

(一)  被告高柳三郎が昭和六年一〇月二日猿田茂亮からその所有の第三建物を買い受けたことは争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告高柳三郎は即日その旨の所有権移転登記を経たことが認められる。≪証拠省略≫によると、被告高柳三郎は同年一〇月三日右建物敷地たる第一土地の当時の所有者である昭和土地(昭和土地が所有者であることは争いがない。)から右土地を期間の定めなく普通建物所有の目的賃料一か月一四円八一銭毎月一八日限り当月分持参払いの約定で賃借したことが明らかである。よって右賃貸借は借地法二条一項により存続期間三〇年となる。ところで被告高柳三郎は右期間満了時たる昭和三六年一〇月三日を経過しても右土地の使用を継続したことは弁論の全趣旨によって明らかであり、これに対して昭和土地が遅滞なく異議を述べたとの証拠はないので、右賃貸借は借地法六条一項五条一項により二〇年の存続期間をもって更新されたというべきである。

(二)  ≪証拠省略≫をあわせれば、大島高三郎は第四建物の所有者であったが、昭和六年一〇月ころ建物敷地たる第二土地の当時の所有者である昭和土地(昭和土地が所有者であることは争いがない。)から右土地を期間の定めなく、普通建物所有の目的賃料若干、賃料毎月二八日限り当月分支払いの約定で賃借し、その後右賃借権と第四建物所有権とは株式会社章文社、助川長平を経て昭和二〇年四月六日被告会社に譲渡され同月九日その旨の建物所有権移転登記を経、昭和土地の承諾を得たことが明らかである(被告会社の建物所有権取得は争いがない。)。右賃貸借は借地法二条一項により存続期間三〇年となる。そして右賃貸借は被告高柳三郎の賃貸借と同一の理由により昭和三六年一〇月ころ二〇年の存続期間をもって更新されたというべきである。

(三)  昭和土地が昭和三八年一一月二九日森岡妙子に、森岡は昭和四〇年四月二二日原告にそれぞれ第一、第二土地所有権を譲渡したことは争いがない。

(四)  ≪証拠省略≫によれば、登記官は第三建物が滅失したことはないのにこれありと信じて職権によってその滅失登記をして右建物登記簿を閉鎖したことが明らかである。しかし原告がその閉鎖後にこれを信じて右土地所有権を取得したとしても、被告高柳三郎が一旦所有権移転登記をしたことにもとづき建物保護に関する法律一条により保有する対抗力を右滅失登記により失うことはないと解される。右各賃貸借は原告に対抗できるというべきである。

三  右賃貸借が賃料債務不履行により解除されたか否かにつき判断する。

(一)  原告が森岡の右被告らに対する昭和三八年一二月一日から昭和四〇年四月二一日までの右賃貸借にもとづく賃料債権を譲り受けたか否かを検討する。原告が森岡から第一、第二土地を買い受けたからとて当然に森岡の右賃料債権を譲り受けたと推認することはできず、その他原告がこれを譲り受けたと認めるに足りる証拠はないから、右賃料債権が原告に帰属することを前提とする賃料履行遅滞の主張は採用できない。

(二)  原告の右被告らに対する昭和四〇年四月二二日以降の賃料債権につき履行遅滞が存するか否かを検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告は第一、第二土地買取後右被告らの前記賃借権の存在することを否認し、右被告らに対し五〇〇万円で右土地を売却したい、又は他の土地に代替建物を建築し無償で提供するのと引換に第一、第二土地の明渡を得たい等と申し入れ、昭和四二年七月ころ被告高柳三郎代理人兼被告会社代表者高柳正吾から、少くとも昭和四〇年四月二二日以降昭和四二年七月までの被告高柳三郎につき一ヵ月坪当り四四円、被告会社につき同じく四六円という昭和土地と右被告らとの間の約定賃料額(右金額が右約定賃料額であることは争いがない。)にもとづく賃料全額の現実の提供を受けたにもかかわらず、その受領を拒み、その後も右被告らに対し、(イ)代替建物を提供しての右土地明渡、(ロ)右土地の半分の明渡と残余の所有権譲渡、(ハ)権利金二〇〇万円を徴し一か月坪当り地代を昭和四〇年四月から一〇〇円、昭和四一年四月から一三〇円、昭和四二年一〇月から一五〇円としての新規賃貸、(ニ)右土地売却等を提案し、もって右被告らの前記賃借権の存在を否定する態度を変えなかったことが認められる。右被告らが右現実提供以後賃料を現実又は口頭で提供したとの証拠はない。

≪証拠省略≫によっても原告が昭和四〇年五月二〇日賃料を催告したと認めるに足らない。原告は借地法一二条による賃料増額の意思表示をしたと主張するが、右は前記のとおり新規賃貸申込の意思表示中に示された賃貸条件にすぎず、借地法一二条にもとづくものとは解し難く、従ってこれをもって右被告らの右賃貸借を承認したともいえない。また原告が昭和四二年八月三一日賃料弁済の催告をしたとの確証はない。さらに原告提出の昭和四四年九月三〇日付準備書面中に賃料催告の意思表示が含まれているとはいい難く、その他原告が右被告らに対し賃貸借否認の態度を改めて賃料を受領する旨を表明したと認めるべき確証はない。

このように賃借人たる右被告らが原告の右土地取得の日たる昭和四〇年四月二二日以降昭和四二年七月までの約定賃料全額を現実に提供した以上、右部分につき遅滞の責はない。又右被告らが昭和四二年八月以降の賃料につき現実又は口頭の提供をしたとはいえないことは前述したが、前記のように右被告らの土地賃借権をもって対抗されるべき立場にある新土地取得者たる原告が、当初より終始右賃借権の存在を否定しこれを改めないのであるから、右被告らが口頭の提供をしても受領を拒まれることは明白であり、従って賃料弁済期が毎年末か毎月末か、履行場所が原告方か被告会社代表者高柳正吾方かを問わず、右被告らは口頭の提供をしなくても遅滞の責に任じないしまたこれが背信行為であるともいえない。

(三)  よって右被告らに賃料債務履行遅滞あることを前提とする原告の解除の再抗弁は採用できない。

四  第三、第四建物の朽廃により賃貸借が終了したか否かにつき判断する。

≪証拠省略≫によれば、第三建物の一部と第四建物とは大正一〇年ころの建築であること、いずれも昭和四七年二月一日現在特に破損した部分はなく全般的に老朽化は著しいが、大幅修繕は不要であること、いずれも土間コンクリート打、第四建物につき一階筋交の補強、二階の梁・根太の補強が必要であること、いずれも現に工場居宅共同住宅物置等として継続使用し得べく通常の修繕を施せば今後なお一〇年以上、これをしなくとも今後六・七年使用可能であること、第三建物の残余の部分は昭和一〇年ころの建築であること、これは昭和四七年二月一日現在特に損傷した部分はなく、経過年数に比し老朽化現象は少く、大幅修繕は不要であるが、土間コンクリート打を要すること、その費用は第三建物の前記部分と第四建物との前記補強工事等も併せて九一万四〇〇〇円であると見積られること、これは工場居宅として継続使用し得べく、通常の修繕を施せば今後なお一五年位、これをしなくても今後一〇年位は使用可能であることが認められる。

以上のような事情のもとでは第三、第四建物が朽廃したとはいえないから、これを前提とする原告の賃貸借終了の再抗弁は採用できない。

五  被告大庭貞次が被告高柳三郎から第三建物の、被告高柳正吾、萩原貞一、為ヶ井あき、大石隆一、水口孝久、大森笑子、大庭隆、古今亭志ん好こと川島信雄が被告会社から第四建物の各占有部分の、それぞれ使用を許諾されたことは弁論の全趣旨によって明らかである。

六  よって被告らはそれぞれ本件土地を占有する権原ありというべきであるから、原告の所有権にもとづく本訴請求はすべて理由がなく棄却すべく、民事訴訟法八九条九三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 沖野威)

<以下省略>

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